1. はじめに

本資料は、ヤマハ株式会社(以降、当社)製の無線LANアクセスポイントWLX323(以降、本製品)に関する機能・性能や測定データについての技術情報を記載した参考資料です。本製品の導入をご検討いただく際に、本製品の性能確認や設置場所の検討用にご参考ください。
本資料中のデータは、当社の測定環境における結果です。お客様の環境での性能を保証するものではありません。本資料は以下の内容をご了承の上でご使用ください。

  1. 本製品の運用目的の範囲内でのみ利用可能とします。

  2. 当社以外の改変は禁止します。

  3. 承諾なしに、掲示、転載等を禁止します。

  4. 権利やライセンスの移転および許諾を与えるものではありません。

  5. 正確性、有用性、適合性等のいかなる保証をするものではありません。

  6. いかなる損害についても責任を負うものではありません。

  7. 断りなく更新、修正、変更、削除することがあります。


本資料では、以下の項目について解説します。

2. 電波伝搬特性

2.1. 概要

本章では本製品の電波伝搬性能について記載します。

2.2. 電波伝搬のしくみ

本製品は2.4GHz帯と5GHz帯、6GHz帯(WLX323のみ)の電波を使用して無線通信を行います。無線通信は送信機から放射された電波が受信機に届いたときに、ある一定の電力が保たれていることで成立します。しかし、電力は空間に放射されると大きく2つの要因で減衰します。一つは距離減衰です。電波は空間に放射されると球面状に拡散しながら伝搬していきます。そのため放射点からの距離が離れるほど単位面積あたりの電力密度が小さくなります。すなわち通信距離が長いほど受信機が受信する電力は小さくなります。もう一つは物体による遮蔽や透過減衰です。電波は物体にぶつかると物体の特性により遮蔽されたり透過したりして伝搬していきます。そのため屋内のように構造物が多い環境では遮蔽や透過が発生する頻度が高くなります。電波が遮蔽されると受信機まで到達することができないため通信は成立しません。また電波が物体を透過する場合、物体の特性に応じて電力は減衰してしまうため構造物が多い環境では通信が成立しなくなる可能性が高くなります。屋内環境で良好な通信を成立させるためには、通信距離や構造物の影響を考慮する必要があります。

2.3. サイトサーベイ

良好な通信が成立するエリアを確認する方法としてサイトサーベイがあります。サイトサーベイとは電波調査のことで設置した無線LANアクセスポイントの電波がどのように伝搬しているかを実際に測定して確認する手法です。測定は専用の受信端末と測定した電力をヒートマップ状に可視化して表示するアプリケーションで行います。このヒートマップを見れば通信可能エリアが確認できるため、無線LANアクセスポイントの設置位置の設計にとても効果的です。

2.4. 本製品のヒートマップ

ここからは Ekahau社( https://www.ekahau.com/ ) のサイトサーベイツールのSidekick2を使用して測定した本製品のヒートマップについて記載します。記載するヒートマップは、とあるオフィス環境において本製品/ WLX313(以降、前モデル)を下表の条件で設置した場合の測定結果です。また、WLX212/WLX222のヒートマップとは、測定機器が異なるため、比較できません。測定結果は建物の構造やレイアウト等によって異なります。そのため、実際に設置する環境においてもサイトサーベイを実施し、通信可能エリアの検証を行うことを推奨します。ここで記載するヒートマップは、本製品の通信可能エリアの傾向を示すものとして、設置場所の検討の際に参考情報としてご活用ください。
本製品の主な設置方法である天井設置と壁面設置について測定を行います。測定条件を下表に示します。

Table 1. サイトサーベイ 測定条件
No. 設置 製品 高さ条件

1

天井設置

WLX323/WLX322

本製品: 2.4m / 測定端末: 0.8m

2

WLX313
(ショートポール※1/内蔵アンテナ)

3

壁面設置

WLX323/WLX322

本製品: 2.2m / 測定端末: 0.8m

4

WLX313
(ショートポール※1/内蔵アンテナ)

※1 設置面に対して、4本のショートポールアンテナを垂直に立てた状態で測定を実施しています。

天井設置を想定
壁面設置を想定

天井設置を想定

壁面設置を想定

サイトサーベイの実施風景

2.4.1. 本製品のアンテナ指向性の特徴

本製品は、天井設置に適した指向性で設計されています。天井設置時に求められる指向性とその効果について、以下に示します。

  • 底面側への弱い指向性
    上階など不要な範囲の電波放射・干渉を抑えたい。

  • 対称な指向性
    均一な通信エリアを確保することで、無線LANアクセスポイントの配置設計がしやすい。

  • 側面方向へ広がる指向性
    側面方向に電波が広がることで、天面方向に集中した指向性よりも広い範囲で電波が届きやすい。

本製品の指向性について、前モデルの放射パターンと比較しながら、本製品の放射パターンの特徴を示します。

  • 前モデル

    • 内蔵アンテナ

      • 底面への不要な放射を抑えている。

      • 側面方向よりも、天面方向に強く放射している。

    • ショートポールアンテナ(設置面に対して垂直に固定)

      • アンテナ軸を中心に同心円状方向に放射する。

      • 天面方向よりも、側面方向への強く放射している。

  • 本製品

    • 底面への不要な放射を抑えている。

    • 天面方向よりも、側面方向への強く放射している。

放射パターンのイメージ
放射パターンのイメージ

製品の指向性から、ヒートマップに表れる特徴を以下に示します。

  • 前モデル

    • 内蔵アンテナ

      • 底面方向への不要な放射を抑え、天面方向に強く放射するため、以下の傾向がみられる。

      • 天井設置では、半径10m程度で強い電波が集中している。

      • 壁掛設置では、側面方向よりも天面方向へ電波が広がっている。

前モデルの内蔵アンテナのヒートマップ

天井設置

壁面設置

前モデル内蔵アンテナヒートマップ 天井設置
前モデル内蔵アンテナヒートマップ 壁面設置

ヒートマップ 色分け

  • 前モデル

    • ショートポールアンテナ

      • アンテナ軸を中心に同心円状方向に放射して、側面方向への強く放射するため、以下の傾向がみられる。

      • 天井設置では、半径20mの円において、指向性に偏りが少なく、円を描くように電波が広がっている。

      • 壁掛設置では、天面方向よりも、側面方向へ電波が広がっている。

前モデルのショートポールアンテナのヒートマップ

天井設置

壁面設置

前モデルショートポールアンテナヒートマップ 天井設置
前モデルショートポールアンテナヒートマップ 壁面設置

ヒートマップ 色分け

  • 本製品

    • 底面への不要な放射を抑え、天面方向よりも、側面方向への強く放射する特徴より、以下の傾向がみられる。

    • 天井設置では、半径20mの円において、指向性に偏りが少なく、円を描くように電波が広がっている。

    • 壁掛設置では、天面方向よりも、側面方向へ電波が広がっている。

本製品のヒートマップ

天井設置

壁面設置

本製品ショートポールアンテナヒートマップ 天井設置
本製品ショートポールアンテナヒートマップ 壁面設置

ヒートマップ 色分け

以上の特性より、本製品は天井設置時において、偏りの少ない指向性から、配置検討が行いやすい通信エリアを実現しています。また、本節で説明した内容を踏まえて、次節で示されるヒートマップをご確認ください。

2.4.2. 天井設置の場合

本製品を天井設置して測定したヒートマップついて、前モデルのヒートマップと比較しながら、本製品の特徴を示します。

  • 半径20mの円において、指向性に偏りが少なく、円を描くように電波が広がっている。

  • 電波の広がりは、各周波数帯においてもほぼ同等である。

  • 半径20mの範囲において前モデルよりも本製品の方が、広い範囲で電波強度が強い。

2.4GHz帯/5GHz(1)帯
2.4GHz 5GHz(1)

WLX323/WLX322

2.4GHz帯ヒートマップ WLX323/WLX322
5GHz(1)帯ヒートマップ WLX323/WLX322

WLX313(内蔵アンテナ)

2.4GHz帯ヒートマップ WLX313 内蔵アンテナ
5GHz(1)帯ヒートマップ WLX313 内蔵アンテナ

WLX313(ショートポールアンテナ)

2.4GHz帯ヒートマップ WLX313 ショートポールアンテナ
5GHz(1)帯ヒートマップ WLX313 ショートポールアンテナ

ヒートマップ 色分け

5GHz(2)帯/6GHz帯
5GHz(2) 6GHz

WLX323

5GHz(2)帯ヒートマップ WLX323
6GHz帯ヒートマップ WLX323

WLX313(内蔵アンテナ)

5GHz(2)帯ヒートマップ WLX313 内蔵アンテナ
データなし

WLX313(ショートポールアンテナ)

5GHz(2)帯ヒートマップ WLX313 ショートポールアンテナ
データなし

ヒートマップ 色分け

2.4.3. 壁面設置の場合

本製品を天井設置して測定したヒートマップついて、前モデルのヒートマップと比較しながら、本製品の特徴を示します。

  • 半径20mの円において、指向性に偏りが少なく、円を描くように電波が広がっている。

  • 電波の広がりは、天面方向よりも側面方向へ広がっている。

  • 半径20mの範囲においての電波の広がりは、前モデルの内蔵アンテナよりも広い範囲で電波強度が強く、前モデルのショートポールアンテナと同等な傾向である。

2.4GHz帯/5GHz(1)帯
2.4GHz 5GHz(1)

WLX323/WLX322

2.4GHz帯ヒートマップ WLX323/WLX322
5GHz(1)帯ヒートマップ WLX323/WLX322

WLX313(内蔵アンテナ)

2.4GHz帯ヒートマップ WLX313 内蔵アンテナ
5GHz(1)帯ヒートマップ WLX313 内蔵アンテナ

WLX313(ショートポールアンテナ)

2.4GHz帯ヒートマップ WLX313 ショートポールアンテナ
5GHz(1)帯ヒートマップ WLX313 ショートポールアンテナ

ヒートマップ 色分け

5GHz(2)帯/6GHz帯
5GHz(2) 6GHz

WLX323

5GHz(2)帯ヒートマップ WLX323
6GHz帯ヒートマップ WLX323

WLX313(内蔵アンテナ)

5GHz(2)帯ヒートマップ WLX313 内蔵アンテナ
データなし

WLX313(ショートポールアンテナ)

5GHz(2)帯ヒートマップ WLX313 ショートポールアンテナ
データなし

ヒートマップ 色分け

2.5. 本製品の電波伝搬特性と設置時のポイント

測定したヒートマップから確認できる本製品の電波伝搬特性を整理します。

  • 天井設置

    • 半径20mの円において、指向性に偏りが少なく、円を描くように電波が広がっている。

    • 電波の広がりは、各周波数帯においてもほぼ同等である。

    • 半径20mの範囲において前モデルよりも本製品の方が、広い範囲で電波強度が強い。

  • 壁面設置

    • 半径20mの円において、指向性に偏りが少なく、円を描くように電波が広がっている。

    • 電波の広がりは、天面方向よりも側面方向へ広がっている。

    • 半径20mの範囲においての電波の広がりは、前モデルの内蔵アンテナよりも広い範囲で電波強度が強く、前モデルのショートポールアンテナと同等な傾向である。

安定した無線LAN環境を実現するためには、本製品の電波伝搬特性をご理解いただき目的に応じて設置場所やアンテナ選択を適切に行う必要があります。本製品の電波伝搬特性に基づき、推奨する設置条件を下表に示します。

設置場所

設置条件

天井設置

  • 快適な通信は、半径20m程度の範囲以内。

  • 複数台設置する場合は、余分な電波放射・干渉を抑えるため、半径20m前後の間隔で本製品を設置する。

天井設置 WLX323

壁面設置
卓上設置

  • 横長の空間(本製品の水平方向)で環境構築する場合は、長辺側へ設置することでエリアを広くカバーしやすい。

  • 設置壁面の裏側への不要な電波放射を抑えたい。

壁面設置 WLX323 卓上設置 WLX323

本製品と前モデルの電波伝搬特性は同等以上であることから、置き換えをご検討の場合は基本的に同じ設置条件でご使用可能です。ただし、設置環境により電波伝搬特性が完全に一致はしないため、事前に所望の範囲で通信が可能かどうかご確認いただくことを推奨します。

本製品の設置方法については、 設置方法 もご参照ください。

3. MU-MIMO

3.1. 概要

本章では本製品の5GHz(1)でのMU-MIMOの効果について記載します。
基本的に無線LANではAP側のアンテナの数が4本であっても無線端末のアンテナが2本の場合、2台以上の無線端末が通信したときのトータルのスループットは1台の無線端末が通信したときのスループットと同じになります。これは、アンテナの数が2本のAPに2台以上の無線端末が接続して同時通信した場合のスループットと同等になると言えます。本製品の5GHz(1)のアンテナの数は4本ですが、MU-MIMOに対応しているため、アンテナが2本の無線端末が2台以上接続して通信した場合でもMU-MIMOに対応していないAPと比較して本製品ではトータルのスループットが速くなります。そこで本章では本製品のMU-MIMOの効果を確認するため、アンテナが2本の無線端末をAPに1台接続して通信した場合と2台接続して通信した場合のトータルスループットをWLX323で測定した結果を記載します。また、比較のためにWLX222でも測定します。

3.2. 測定機材

  • AP: WLX323、WLX222

  • 測定ツール:IxChariot(デバイスとネットワークのパフォーマンステスター)

  • 無線端末:PC(802.11ax対応 2x2)

3.3. 無線規格と周波数

測定は以下の無線規格と周波数で行います。

  • 無線規格:802.11ax(Wi-Fi 6)

  • 周波数帯:5GHz帯

3.4. 測定方法

APに無線端末を接続し、APの有線LANポートに接続したPCから無線端末向けにUDPのパケットを送信して最大のスループットを測定します。無線端末が1台の場合と2台の場合について測定します。

3.5. 測定結果

MU-MIMO測定結果
MU-MIMO測定比較結果グラフ

3.5.1. 結果

無線端末が1台のときはWLX222とWLX323ともにスループットはほぼ同じですが、無線端末の台数が2台のときは、WLX222ではトータルのスループットが無線端末が1台の時と同程度になっているのに対し、WLX323では約1.7倍になっており、MU-MIMOの効果が見て取れます。

3.6. 結論

本製品の5GHz(1)では、MU-MIMOによってAPの4本のアンテナが活用され、無線端末のアンテナの数が2本までであっても、複数の無線端末が同時通信したときのスループットが向上します。

4. エイリアンクロストーク

4.1. 概要

本章では本製品のエイリアンクロストークに対する性能について記載します。
Category 5eなどシールド対策されていないLANケーブルを複数束ねて敷設すると、エイリアンクロストークが発生し通信品質が低下する場合があります。通信品質の低下を軽減するには、並列するケーブル間の距離を離したり、束ねるケーブルの本数を減らしたりする対策が必要です。

4.2. エイリアンクロストークとは

本製品の有線LANは2.5GBASE-Tに対応しています。この規格は企業ネットワークの既設ケーブルの大半を占めるCategory 5eのLANケーブルを使用して最長100mで2.5Gbpsを実現することを目的として策定されました。
Category 5eのLANケーブルを使用して2.5Gbpsを実現する場合に課題となるのがエイリアンクロストークです。エイリアンクロストークとは、複数のLANケーブルを束ねて敷設した場合に隣接するケーブルから受けるノイズのことです。ノイズは隣接するケーブルの本数に比例して大きくなります。また、通信速度が高速なほどノイズの影響を受けやすくなります。そのため、ノイズ量が大きくなると、通信品質の劣化や最悪の場合は、リンクダウンが発生する恐れがあります。

Table 2. エイリアンクロストークの影響
エイリアンクロストークの影響 大 >>> 小

信号速度(レート)

高速   低速

隣接ケーブルの本数

多い   少ない

ケーブル束の長さ

長い    短い

隣接ケーブルとの距離

近い    遠い

4.3. エイリアンクロストークの影響リスク

エイリアンクロストークの影響を軽減するためには、一般的にシールド対策されたLANケーブルの使用が推奨されています。しかし、2.5GBASE-Tではシールド対策されていないCategory 5e/Category 6のLANケーブルもサポートされています。そのためシールド対策されていないCategory 5e/Category 6のLANケーブルを使用する場合は、敷設ケーブルの状態を評価しエイリアンクロストークに対するリスクを把握しておくことが大切です。

Table 3. LAN規格と対応LANケーブル
名称 LAN規格 LAN規格名 最大伝送レート LANケーブル 最大伝送距離

Fast Ethernet

IEEE802.3u

100BASE-TX

100Mbps

Category 5以上

100m

Gigabit Ethernet

IEEE802.3ab

1000BASE-T

1Gbps

Category 5e以上

Multi Gigabit Ethernet

IEEE802.3bz

2.5GBASE-T

2.5Gbps

5GBASE-T

5Gbps

10 Gigabit Ethernet

IEEE802.3an

10GBASE-T

10Gbps

Category 6以上

55mm

Category 6A

100m

既設ケーブルが2.5GBASE-Tで通信できるかを評価するために、TIA TSB-5021では敷設状態におけるエイリアンクロストークの影響リスクの指標を掲示しています。ここで言えることは、2.5GBASE-TはCategory 5e/Category 6のLANケーブルをサポートしているものの、全ての場合において通信性能を保証するものではないということです。敷設状態におけるエイリアンクロストークの影響を把握し、可能な範囲で軽減策を講じることが大切です。

エイリアンクロストークの影響リスク
エイリアンクロストークの影響リスク (出典:TIA TSB-5021)

4.4. エイリアンクロストークの軽減策

既設ケーブルを使用する場合、その状態によっては少なからずエイリアンクロストークの影響を受けてしまいます。本製品を設置後、エイリアンクロストークの影響と思われる通信品質の低下がみられた場合は、以下の軽減策をご検討ください。

  • ケーブルが束ねられている場合は、できるだけばらした状態にする。

  • ケーブルを束ねる場合は、部分的に束ねるなど束ねられた長さができるだけ短くなるようにする。

  • ケーブルを束ねる場合は、できるだけ少ない本数で束ねるようにする。

  • 通信品質の低下がみられたケーブルをできるだけ他のケーブルから離す。

  • 通信品質の低下がみられたケーブルをCategory 6Aのシールド対策されたケーブルに変更する。